実践 スカム・ミュージック?
山本精一
スカムっていうのは、一種偶発的な現象であって、様式化した表現形態を指すものではありません。つまり、ワザとらしく狙ったりして、ショボイ演奏をしたり、計算し尽くしてアタマの弱そうな音楽をやったりするような、そのような行為からこそ、最も遠い恒星系に属するものなのです。すなわち、本モノのスカム・ミュージックというものは、まず天然でなければならない。本当は上手に演奏できる者が、意識的に初心者みたいに稚拙にギターを弾くなんてのは、決してスカミックなものとは言えません。私を含め、各国で、スカマーであると誤認きれている者の多くは、ニセモノです。天然ではないという意味でです。
天然のスカム・ロッカーとして、さてそうするとどのようなアーティストが存在するでしょーか? 残念ながら、「アーティスト」などは、天然スカム界には居りません。もはやそういった次元では捉えられない者が大半なんですね。それでは、天然スカム・ロックの一例を、解説を交えながら御紹介しましょう。
場所は、私の経営する小さなライブ・ハウス、時間はPM2時頃です。各地の高校生バンドが3つほど集って、ホールを貸し切っているワケですが、その中で、トップ・バッターに指名された(つまり一番へタな)バンドが、演奏を始めるや、我々店のスタッフは、心臓が脱出する程のショックを受けてしまいました。ギター、ベ一ス、ドラムス、シンセ、そしてヴォーカルの、どれひとつを聴いても、音程が合っているものが無い。つまり、全員、全くチューニングが出来ていないワケです。もう、モノスゴイ不快感と、それに続く快感。あれはそう、確かに、良質のノイズを聴いた時に感じる恍惚感に、非常に近いものがありました。まるでビート感というものが無く、これじゃあ猿の方が絶対に上手い、と断言できるドラマー。何か木や紙などをこすってるだけなんじゃないかと錯覚するほど、コードどころか、音がほとんど出せないギタリスト。何が憎いのか、親のカタキのごとく、ガンガン拳を弦にたたきつけるだけのベーシスト。全く、まわりの音とは無関係に、そして徹底的に無意味にジュワーというような脱力音を出し続けるシンセ。ヴォーカルは、それら猛烈な気狂い音の中に、これまた恐るべき無調な声で乱入、一気にトドメをさすといった有様。そして、このどう聴いても発狂ジャーマン・ノイズ・プログレにしか思えない曲が、最後の最後で、何とピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」だと分ったときの衝撃!
私は、こういうものが、ホンマモンのスカムロックだと思っています。彼らは、全く純粋に、ピストルズのカヴァーをやりたかったと。そして練習して人前で、カッコ良くライヴをやりたいと。しかし、どうしようもなくへタなために、彼らが理想とするパンク・ロッカーとしてはステージに立てなかった。でも、そのかわりに、本当に、そこら辺のストレンジ・ミュージシャンも、遥か後方でヒレ伏すような、素晴らしくブッ壊れたスカム・ロックの名演を我々に聴かせてくれることができたのです。彼ら自身の意志とは全く無関係に。スカムっていうのは、そういうものなのです。
しかし、それでは前述した様な、我々のような「エセ・スカム」はダメかと言えば、そんなこともありません。我々は、ナカナカ賢いですから、「偶発的な現象」としてのスカムな部分だけをチョキチョキ切って、つなぎ合せ、「真性スカム」にかなり近いところまでたどり着くことができます。たとえば、練習でミスった箇所ばかり集めて曲にするとか。ワザと弾けない楽器に持ち換えて演奏するとか。まあこれはこれで面白いし、良いんじゃないかと思ってやってるワケですが、やっぱり心中どこかに、ホンモンのクズ音楽に対する、コンプレックスの様なものが絶えずあることは否定できないところですね。シャブ中にでもなりますかね。
スタジオ・ボイス Vol.230 1995年
"